政府主催のタウンミーティング(TM)でやらせ質問や聴衆の動員などが問題として取り上げらました。その結果、安倍総理大臣をはじめ、関係者が歳費を国庫に返納されたことが報道されました。
戦後60年以上が経過し、我国は高度経済成長を成し遂げたものの、社会の多くの基本的な側面において、未だに混迷の状態にあります。日本の近代史には、「明治維新」、「敗戦」、「バブル崩壊後の平成不況」の3つの大きな節目があると私は考えますが、前者2つは外国との関わりにおいて発生したものであるのに対し、3番目の「平成不況」は我々日本人が作り出したという点において、決定的に次元が違う節目と捉えることができます。
今回は、日本で論理的思考がどのように発展を遂げてきたか、その経緯に触れたいと思います。私が言う、論理的思考とは、形式論理学に対する実践論理学を指します。つまり、問題解決や意思決定、さらにリスクへの対応をいかに効率的でラショナル(筋を通して堂々巡りせず)に展開するかを、体系的にまとめたものであります。
国の将来を憂う一国民として最近考えるのは、「正直者」、「正直であるということ」が、全く日常用語から消えてしまっているということです。
「正直」を広辞苑で引くと、「いつわりのないこと」、「正しく素直なこと」、「かげひなたのないこと」という程度の定義しか載っていません。