飯久保廣嗣 Blog

2008年12月29日

12月26日付けの日経新聞のよると、日本の一人当たりのGNPは、世界17位にまで落ちているという。また、依然として経済規模は米国の次いで世界第2位ではあるものの、全体の中で占める割合が10%から8%台に落ちている。

地盤沈下の日本を再生するために、多方面で様々な議論が展開されている。例えば、民間では「国家基本問題研究所」が設立され、国のあるべき姿を論じ合っている。内閣にも将来の日本の方向性を模索する各種の委員会が発足している。その他、民間のシンクタンクでも多種多様な調査・分析がなされている。

そうした中、文藝春秋は2009年新春号の特集で、「2009逆転の日本興国論」という企画を打ち出し、様々な緊急提言を誌面上で繰り広げている。

だが、その興国論の内容に筆者は疑問を感じた。そのタイトルを順に挙げる。

[税金] 消費税アップは15年後でよい
[年金] 安心なさい、年金は破綻しない
[医療] 給付金より2兆円で医療再建を
[資産] 「投資より貯蓄」が老後を救う
[官僚] 霞が関の権益を排せば成長する
[会社] 「ヒト重視」日本型経営が勝つ
[金利] 白川総裁よ、金利をゼロにせよ
[格差] 最大の景気対策は貧困退治だ

どうだろうか。これらのラインナップに、何か重要なポイントが欠落していると感じないだろうか。すなわち、「教育」、「外交」、「哲学・理念」、「家庭のあり方」、「科学技術の振興」、「防衛」など、国の再建に欠かせない重要項目が全く見当たらないのである。

これをもって日本興国論という記事は成り立つのであろうか。日本を代表する総合誌がこの状態では、再生、興国などはとてもおぼつかないのではないか。政府機関や民間シンクタンク、心ある政治家は、国全体の重要かつ本質的な問題に対して、より議論を深め、こうしたメディアを通じて、発信してもらいたいものだ。

2008年12月22日

わが国では、何かまずい事が起こると、ほとんどの場合、組織の責任者が報道陣に対して、
深々と頭を下げる。このグローバルな社会でこのような光景に出くわすのは日本だけである。

数年前、フランスでコンコルドが離陸に失敗して墜落した。また、米国のスペースシャトル「コロンビア」の事故があったが、組織のトップが謝罪することはなかった。

なぜこうも違うのだろうか。それは、日本人と欧米人とでは、リスクに対する考え方が全く異なるからである。欧米人にとって、リスクとは将来起こり得る「損傷、損害、損失」である。そして、これらの現象は「起こり得る」と考え、それらへの対策を講じておくことが習慣化されている。さらに、事故やトラブルが発生してもそれらへの対策にヌケ、モレがなければ、謝罪することはない。

これに対し、日本人は起こり得る問題を取り上げて、対策を考えることを意識的にしない。だから、事故や問題が起こると、幹部が頭を下げて、お茶を濁す傾向がある。社会も謝罪しているのだから、よいだろうと言うことになる。これでは、原因の究明や、再発防止が明確にならないことになる。「二度とこのようなことが起きないようにする」で決着してしまう。このような発想は、国際社会で決して通用するものではない。

では、リスク対策とはどういうものなのか。リスク対策の1つは、発生するかもしれない問題の発生確率を下げるための対策である。すなわち、発生の原因になるものを想定して除去する対策、つまり発生そのものを回避する対策である。この対策が「予防対策」と呼ばれるものである。

もう1つは、万一問題が発生した場合にその影響を小さくするための対策である。これは、「コンティンジェンシー対策」といわれているものだが、日本では、これに対する日本語の適切な訳がないほど注目されていない。状況によって、「有事対策」、「予備計画」、「緊急時対策」、「発生時対策」、最近では「セーフティーネット」などといわれる。このコンティンジェンシー対策を意識することが、グローバル経営で企業の利益に大きく影響を与える時代になってきていることを認識したい。問題が起こってから対処する方法を考えるのでは、競争には勝てない。

このようにリスク対策にはこの2種類がある。経営そのものや所定のプロジェクトを成功裏に実行するためには、この2つの対策がともに必要になる。ただし、ここで注意すべきは、経営資源の浪費にならないためにも、過剰対策を避けなければならないことだ。過剰対策は組織の競争力を損なうことになるので合理的ではないことを、最後に強調しておきたい。

2008年12月15日

日本にとって非常に重要な選挙が来年にも実施されようとしている。

では改めて考えたいのだが、「選挙」って何だろう?

それは、「国民に代わって国政を任せる人に投票する」ということだ。では、投票するってことの本質は何だろう? それは、「良さそうな人を選ぶ」ということだ。

さて、その「良さそうな人」とはどんな人なのかな。そこがよく分からない。そして、「選ぶ」というのはどんな行為なのだろう。日本人も選挙に関してこれらの本質を考える必要があると思う。

「見た目や性格が良さそうな人だから」だけで、国会に送るということが、どんな結果を生んできたか、よく考えてみよう。国民不在、国益不在、国力の低下を招いている。

選挙は投票すること。投票することの本質は「選ぶ」こと。選ぶためには何が必要か。その人の経歴や過去の実績、功績を知らなくてはならない。その情報をどうやって国民が知ることができるのか。

例えば、自分は「山田太郎」に投票する。ではなぜ、山田さんなの? 「良さそうな人だから」、「人に頼まれたから」、「なんとなく」、「有名人だから」、「テレビによく出て発言するから」、「前にも投票したから」、「代議士の子供だから」、「人相が良いから」、「熱心だから」……果たして投票に対する基準がこんなものでよいのか。

選ぶということは、複数の候補者を比較して1人を決めるということ。従って、比較するための、基準、「物差し」が必要だ。例えば、「自分の信念があるかないか」に対して、山田さんともう1人の中村さんはどうか。その他「カネにきれいである」、「利権をむさぼっているか」、「選挙献金の方法は?」、「国会での主張は?」など、比較することを考えると、「なぜ、山田さんなのか」に対して、答えることが出てくる。つまり、「山田さんは、信念があって、カネにきれいで、選挙献金はガラス張りで、利権には関係ない人だから」と、いうことができる。

しかし、これらの情報を得る方法がないのが現状である。あるのは、限られた政治家が出るテレビ番組と新聞記事ぐらいだ。選挙を真剣に考えていた時代は、自らの政策を披露する「立会演説会」が数多く見られたが、今はほとんどない。これらを復活させて我々が国政を任せる候補者が、どのような能力があり、どのような思想を持ち、どのような政策を推進しようとしているのかを知らしめる方法を講じないと、日本人が日本の選挙、日本の政治を「考える」ことを放棄してしまう集団になってしまう。いや、その放棄は既に以前から始まり、もう重症なレベルまで来ている。そのことを深刻に受け止めたい。

2008年12月08日

重工業大手のある工場では、工作機を専門に製造していた。この工場では、7、8台の工作機の組立てを、同時進行で進めている。目下の課題として、輸出向け大型縦型旋盤の製造コストダウンが挙げられていた。

数多くあるコストダウン課題の中で、最も優先度の高いものは、旋盤の台に設置する縦型コラム(工作機械を構成する柱のこと)に関することだった。それはコラムを設置した際に、水平度が設計通りにならないため、そのコラムを取り外し、再加工するという事態が突発的に発生していたということである。この再加工には、数日を必要とし、製造コスト上昇の大きな要因だった。

そこで、この会社は、「大型旋盤のコストダウンに関する改善」を課題として設定した。プロジェクトチームが発足し、問題を起こした旋盤に関するデータが収集され、あらゆる分析を試みられたが、明確な原因を究明することはできなかった。有効な改善策が見出せず、「できるだけ慎重に作業に当たる」といった、漠然とした指示しか出せずにいた。

筆者は、この工場でラショナル思考に関する研修とコンサルティングを実施したのである。その際に、実際に今起きている問題として扱ったのが上記の事例だった。

研修では早速問題解決に取り掛かった。第一の作業は、問題を起こした複数の「大型旋盤」の中で直近の事例をピックアップすることである。つまり、原因究明をする対象を具体的に絞ることであった。その結果、分析対象は「東欧の○○会社向けの旋盤」となった。

そして、その旋盤に対し、ラショナル思考を適用して主な分析結果を試みた。以下に説明したい。

1.問題を起こしている対象は、「東欧の○○会社向けの旋盤」であり、同じ設計の「カナダの△△会社向けの旋盤」には問題が起きていなかった。

2.問題現象は「コラムの設置時の水平度が出ない」であり、その他のコラムに関する問題は発生していなかった。

3.この問題が発生した時期は、「春から夏の時期」であり、「秋から冬の時期」には発生していなかった。

4.分析の着眼点は、「東欧の○○会社向けの旋盤」であり、同じ設計の「カナダの△△会社向けの旋盤」ではない、という一対の事実を重点的に分析することであった。何故ならば、何らかの違いがなければ、一方だけに問題が起きるという現象を説明することができないからだ。

5.上記4の結果、設計、作業工程、作業環境、作業員の熟練度などを比較したが、違いは出てこなかった。しかし、何かの違いがなければ、論理的にこの現象を説明できない。そこで、筆者は、「何らかの違いがあるはず」と、何度も設計・製造担当者に質問を繰り返した。だが、何も出てこないので、資材担当者に対して、「コラムの素材の保管状況に違いがないか」と質問した。
その結果、購買担当者は「東欧○○会社向けは、素材を横に倒して保管していたが、カナダ△△会社向けは縦に立てて保管していた」との回答を得た。

6.上記5の事実と、3の夏の高温状態の組み合わせにより、素材に微妙な変化が起きたことが推定された。そこで、本件の真の原因は、「素材の保管状態が不適切だった」ということが明確になった。

結論をいうと、このように、原因を究明する思考プロセスの基本を習得し、忠実に実践することにより、効率的に原因を究明することができるのである。ちなみに、この分析に使用した時間は、わずか2時間だった。

2008年12月01日

今回は、論理的思考のケーススタディとして、筆者が実際に関った、米国の中西部に本社を持つ製薬会社で発生した事故とそれへの対応の実例を紹介したい。少々長くなるが、最後までお付き合いいただきたい。

この会社の当時の状況は、高い開発力を持つと同時に、社員を大切にする伝統があり、多くの幹部社員は生え抜きであった。社員第一主義である一例を示そう。筆者が講師を務めた「幹部社員向け問題解決の研修」の会場には、役員が頻繁に使うロッジ付きの会議場施設が充てられていた。このようなことは極めて稀なことであり、筆者は非常に感銘を受けた。

この時のセミナーには、主要事業部の営業部長をはじめ21名が参加していた。しかし、初日の昼食後から営業部長が頻繁に退室をし、グループ全体に落ち着きがなくなった。

原因は、この事業部の主力製品に対し、重要顧客から製品の副作用に関するクレームが発生したことにあった。この営業部長は、部下と協議の結果、当該ロットにより生産された全製品のリコールをすることを決定した。そして、この営業部長は、部下に指示を与えるため幾度も退席をしていたのだった。

そこで、講師であった筆者は、会場で学習中の論理的な原因究明の手法を適用することを提案した。だが、すぐには採用されなかった。しかし、セミナー終了後の午後8時半にこの営業部長と開発部長を説得し、論理的な考え方を適用し体系的に原因究明を展開することの承諾を得た。

ただし、営業部長や開発部長は、当初、製薬関係に全くの素人である筆者が、原因究明の考え方のプロセスだけで、その原因を短時間で究明する作業を展開することに、大きな不安を持っていた。

筆者はこの不安を払拭する自信があった。何故なら、筆者の胸には、恩師であり友人であるC.H.Kepnerが与えてくれた言葉が常にあったからだ。その言葉とは、

「論理的かつ体系的な思考の枠組みに、忠実にしかも現実的に常識を持って問題を分析すれば、必ず成功裏に正しい回答が出る」

というものだった。

半信半疑でこの分析に加わった営業部長以下関係者は分析が進行するに従って真剣になってきた。筆者は、論理的な思考プロセスの枠組みを忠実に実践的に解釈し、当該問題の原因を究明するために必要な情報を収集する質問を繰り返していたに過ぎない。その結果、専門的な内容の情報が質問の回答として分析シートに記述されていった。

大きなハードルは営業部長が今回の問題の原因は製品に使用されたロットに原因があると決め付けていたことである。分析の目的はこの仮説が正しいかどうかを検証するともに、新たな真の原因を究明することにあった。この場合の「検証する」という作業は、同じロットを使用した製品で他の病院で問題現象が発生していないことを証明することである。

確認する項目は5項目であり、「何が」、「どうした」、「いつ」、「どこで」、「どの程度」である。それと同時に、問題現象が発生していない製品や現象などについても、情報を収集することが必要となる。

その結果以下のような情報が整理された。

「何が」に対しては、「『Aロット』であり、『Bロット』ではない」。
「どうした」に対しては、「副作用であって、製品そのものの欠陥ではない」
「いつ」に対しては、「○年○月○日であって、それ以前ではない」
「どこで」に対しては、「○○市の○○病院であり、○○市の△△病院ではない」
「どこで」の詳細について、「○○外科病棟であり、△△外科病棟ではない」
「どの程度」に対しては、「1件であり、複数ではない」

上記の分析から、もしロットが原因であれば、「どこで」に対して、説明がつかない。また、△△病院から問題が発生していないことが説明できない。△△外科病棟から問題が発生していないことも同様である。

この分析結果から得られる結論は、「ロットが原因でない」ということである。従って、全製品のリコールという処置は、不適切ということになる。しかし、これでは、分析が完結したとはいえない。そこで、次の分析は、○○外科病棟の当該薬品の使い方と、△△外科病棟のそれと比較して、どのような特徴があるか、調べることである。

その結果、事実として確認されたことは、数日前に、婦長が交代し、その結果、投与される薬品の組み合わせが変更されたということである。従って、この「薬品の組み合わせの変更」が原因ということが想定できた。

営業部長は、翌朝、当該病院に連絡を入れ、薬品の組み合わせを元に戻すと同時に、患者に対しては、副作用を解消する処置をすることによって、問題が解決されたのである。