今回は、論理的思考のケーススタディとして、筆者が実際に関った、米国の中西部に本社を持つ製薬会社で発生した事故とそれへの対応の実例を紹介したい。少々長くなるが、最後までお付き合いいただきたい。
この会社の当時の状況は、高い開発力を持つと同時に、社員を大切にする伝統があり、多くの幹部社員は生え抜きであった。社員第一主義である一例を示そう。筆者が講師を務めた「幹部社員向け問題解決の研修」の会場には、役員が頻繁に使うロッジ付きの会議場施設が充てられていた。このようなことは極めて稀なことであり、筆者は非常に感銘を受けた。
この時のセミナーには、主要事業部の営業部長をはじめ21名が参加していた。しかし、初日の昼食後から営業部長が頻繁に退室をし、グループ全体に落ち着きがなくなった。
原因は、この事業部の主力製品に対し、重要顧客から製品の副作用に関するクレームが発生したことにあった。この営業部長は、部下と協議の結果、当該ロットにより生産された全製品のリコールをすることを決定した。そして、この営業部長は、部下に指示を与えるため幾度も退席をしていたのだった。
そこで、講師であった筆者は、会場で学習中の論理的な原因究明の手法を適用することを提案した。だが、すぐには採用されなかった。しかし、セミナー終了後の午後8時半にこの営業部長と開発部長を説得し、論理的な考え方を適用し体系的に原因究明を展開することの承諾を得た。
ただし、営業部長や開発部長は、当初、製薬関係に全くの素人である筆者が、原因究明の考え方のプロセスだけで、その原因を短時間で究明する作業を展開することに、大きな不安を持っていた。
筆者はこの不安を払拭する自信があった。何故なら、筆者の胸には、恩師であり友人であるC.H.Kepnerが与えてくれた言葉が常にあったからだ。その言葉とは、
「論理的かつ体系的な思考の枠組みに、忠実にしかも現実的に常識を持って問題を分析すれば、必ず成功裏に正しい回答が出る」
というものだった。
半信半疑でこの分析に加わった営業部長以下関係者は分析が進行するに従って真剣になってきた。筆者は、論理的な思考プロセスの枠組みを忠実に実践的に解釈し、当該問題の原因を究明するために必要な情報を収集する質問を繰り返していたに過ぎない。その結果、専門的な内容の情報が質問の回答として分析シートに記述されていった。
大きなハードルは営業部長が今回の問題の原因は製品に使用されたロットに原因があると決め付けていたことである。分析の目的はこの仮説が正しいかどうかを検証するともに、新たな真の原因を究明することにあった。この場合の「検証する」という作業は、同じロットを使用した製品で他の病院で問題現象が発生していないことを証明することである。
確認する項目は5項目であり、「何が」、「どうした」、「いつ」、「どこで」、「どの程度」である。それと同時に、問題現象が発生していない製品や現象などについても、情報を収集することが必要となる。
その結果以下のような情報が整理された。
「何が」に対しては、「『Aロット』であり、『Bロット』ではない」。
「どうした」に対しては、「副作用であって、製品そのものの欠陥ではない」
「いつ」に対しては、「○年○月○日であって、それ以前ではない」
「どこで」に対しては、「○○市の○○病院であり、○○市の△△病院ではない」
「どこで」の詳細について、「○○外科病棟であり、△△外科病棟ではない」
「どの程度」に対しては、「1件であり、複数ではない」
上記の分析から、もしロットが原因であれば、「どこで」に対して、説明がつかない。また、△△病院から問題が発生していないことが説明できない。△△外科病棟から問題が発生していないことも同様である。
この分析結果から得られる結論は、「ロットが原因でない」ということである。従って、全製品のリコールという処置は、不適切ということになる。しかし、これでは、分析が完結したとはいえない。そこで、次の分析は、○○外科病棟の当該薬品の使い方と、△△外科病棟のそれと比較して、どのような特徴があるか、調べることである。
その結果、事実として確認されたことは、数日前に、婦長が交代し、その結果、投与される薬品の組み合わせが変更されたということである。従って、この「薬品の組み合わせの変更」が原因ということが想定できた。
営業部長は、翌朝、当該病院に連絡を入れ、薬品の組み合わせを元に戻すと同時に、患者に対しては、副作用を解消する処置をすることによって、問題が解決されたのである。